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web拍手2008 TAXT特別版

All TAXT by 鷹遠



ACT 1


 ―――――某年1月。

 散々峠で流した後、兄弟は我が家へ急ぐ。

 このところ毎食外食続きで、たまには我が家でまったり夜食を食べようという話になったわけだが、高橋兄弟の母、つまり涼介と啓介の母は

兼業婦人である。

 しかも並の忙しさではない外科医で、副医院長までも兼任している。

 兄弟が子供の頃からその忙しさにかまけ、かといって家に他人の手が入ることを好まないので家政婦を雇うこともせず、家事などが滞ること

などは常で、兄弟の物心が付いた時には作り置きのレンチンメニューが食卓に並んでいたのだが、子供たちがついぞ大学生ともなれば「食べる

ときはお好きに」というスタイルに切り替わり、今日も例に拠らず高橋母は忙しさにかまけ、食材の買出し自体を忘れていた。

 それを知らずして帰宅した兄弟は、自宅のキッチンで愕然と目を見開いた。

 昨年末、冷蔵庫の大掃除を涼介が引き受けた際、人として見てはならないもの、元食品であったろう物体、中身が干上がった調味料などを大

量に処分したばかりなのだが、考えても見れば以来、この家で食事を取った記憶はない、確かにないのだが・・・。

 冷蔵庫の中に、食べものが一切ない。

 調味料すら、ない。

「なー・・・アニキ、腹減った」

 弟・啓介は兄をじっと見つめながら呟いた。

 兄・涼介だって分かっている。

「そう言われても・・・」

 時計の針は当に深夜帯を指しており、家から一番近い24時間営業のコンビニまでは車を飛ばして10分強、ファミレスまでは20分以上かかる。

 事実それを実行し、2人の腹の減り具合でそこまで車を運転したなら、もれなく気持ち悪くなって食事どころではなくなるだろうが・・・。

「そういやさ、アニキ。もしかしてストッカーの中にカップ麺とかないかな?」

 いくら家事なんかそっちのけの仕事魔人の母とはいえ、忙しいゆえに、それぐらいは用意しているだろう。

 啓介は思い立ってストッカーの扉を空けてみるも、入っていたのは餡子の缶詰が2缶だけ。

「げっ・・・! 餡子の缶詰だけって、どんだけだよ、御袋?!」

「マジでそれだけしかないのか?」

 涼介はため息混じりに呟いた。

 2人とも甘いものはあまりいけない口である。

「・・・アニキ、俺やっぱコンビニに・・・・・・」

 啓介はげんなりしながら呟くと、FDのキー握り締めた。

「啓介お前、腹が減った状態で運転すると気持ち悪くなるだろう? 俺が行って来るから、啓介はソファーで休んでいるといい」

 涼介の言葉に啓介は軽く首を振る。

「それ、アニキも同じじゃん。アニキの方が大学で疲れてるんだから、休んでていいよ」

 遠慮がちに笑う啓介の厚意に、涼介は静かに頷いた。

「なんていうかさ、こう極限まで腹が減ってたらふて寝だって出来ないしさ」

「悪いな、啓介・・・」

 とりあえず2人はリビングの照明を点けると、ソファーに腰を下ろして、それとなく当たりを見渡した。

 見渡したって、ないものはないのだ。

 母曰く、イタリアのアンティークというリビングセットには、これまたアンティークのフルーツバスケットが置かれていたものの、肝心のフ

ルーツが乗っていない。

 だけならまだしも、この時期になっても片付けられていない、およそアンティークとは不釣合いなジャパニーズデコレーションケーキ!!

(a large, round rice cake offered to the gods at New Year's)、鏡餅が鎮座していた。

「なあ、アニキ・・・あれって鏡餅じゃね?」

「そうだな」

「・・・だったらあの餅って、食えるんじゃないか?」

 啓介は立ち上がり鏡餅の乗った三方をテーブルの上に置くと、まじまじと見つめた。

 お餅=食品、しかも保存食!

 今時のお餅は大体真空パック!!

 縁起物のお飾りをあれよの間に外して、ようやくたどり着いたお餅は、赤いのや白いのや黄色いのや青いのや緑色いのや黒いのやらがビッ

シリと・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ダメじゃん。

 松の内も・・・当に過ぎた、カビの生えた鏡餅と、ヒモジさに打ちひしがれ、黙り込む兄弟2人。

「母さん、これが日本古来の縁起物だってことをすっかり失念してるんじゃないのか? カビが生えた鏡餅なんて食べられないだろう・・・」

「ま、まあな・・・」

 啓介もがっくりうな垂れている。

 これはもう既に、食べ物であって食べ物ではない。

 だが、じっとカビの生えた縁起の悪い鏡餅を眺めて黙り込んだ涼介が、ふと呟いた。

「いや、これは食べられるかもしれない・・・」

「えええええーーーーーーーーーーーーーっっ!! こんな腐ったもん、食えるわけないよ、いくらアニキでも腹減り過ぎて頭おかしくなっ

たんじゃねえっ?!」

「いいや啓介。・・・多分だが、俺たちは子供の頃に毎年、カビた鏡餅を食べさせられていたはずだぜ・・・」

 2人は過去に思いを馳せる。

 思い出されるのは、強引でイージーな母によって齎された、それは言うも涙・語るも涙の年少時代のトラウマになりかねない思い出たち。

 しかしその、心の深淵へと追いやったはずの、過去の忌まわしい記憶の、そのまた彼方。

 それは涼介がまだ幼稚園に通っていた頃の話だろうか・・・。

「例によって毎年カビさせてたんだよ、母さんは。だが・・・」

“これは縁起物だから、捨てるわけにはいかないの”

“あんたたちの健康と知恵を願いながら、食べるものなんだから”

“だからこうしておくと食べられるようになるのよ”

「あの時、確か・・・」

 涼介は思い立ったように(いや、何かを決心したように・苦笑)、その赤いのや白いのや黄色いのや青いのや緑色いのや黒いのが付いた鏡餅

をキッチンに持ち込むと、水を張ったボールの中に餅を投げ込む。

「ちょっと、何してんだよアニキ!」

 啓介は要領を得ていない、というよりあまりに子供の頃すぎて、思い出せず、おろおろするだけ。

 そのおろおろする啓介に、涼介が言い放つ。

「啓介。餡子の缶詰、持って来い」

 啓介は涼介の言葉に迫り来るものを感じて、首を傾げながらも言われたとおりにする。

 涼介はその間に大きめのミルクパンに水を張り、火をつけた。

「アニキ、これ・・・」

「中身を鍋に入れるんだ。味の調整は後でするから、スプーンか何かでよく混ぜろ」

 言われたとおり、ミルクパンの中に餡子の缶詰を開けると、スプーンで水と餡子を混ぜ合わせ、火加減を弱火にして煮出す。

 涼介に言われるがまま、お湯を足し引きしながら火加減を調整し、最後にひと摘みの塩を入れたところで火を止めると、涼介はボールに放置

したままふやかしていた餅を持ち上げ、割り箸を使って器用にカビを落としていく。

“包丁を使ってはダメなのよ”

“鏡餅は御神体だから、刃物を入れてはいけないの。それはとても、縁起が悪いことなのよ”

 涼介は母が言っていたことを思い出しながら作業を進める。

 啓介はそんな涼介の姿をただ見守るだけ。

「やはり。・・・きれいになるもんだな」

 カビた部分を割り箸でそぎ落とせば、普通の固餅と何らかわらない。

 後は力任せに餅を叩き割って、餡子のお汁が出来た鍋に落とすだけだ。

「昔、母さんがな、こうして作ってくれたのさ」

 最終段階を見守る段になった涼介は、啓介の頭をそっと撫でるとそう呟いた。

「これってもしかして、お汁粉・・・?」

「そうだ。お汁粉にしたらカビ臭いのも消えるって、な」

「へぇ・・・」

 あのいつだって超忙しいし家事だって超適当な、あの御袋がねぇ・・・。

 啓介は心地よく頭や額、頬を涼介に撫でてもらいながら頷いた。

「お汁粉は甘いが、塩をひと摘み入れることで、さっぱりするのさ」

 餅が柔らかくなったところで器に盛り付けて、2人はダイニングに並んで腰を下ろしてお汁粉をすする。

「これ美味しい、アニキ」

「・・・ああ、案外いけるものだな」

「ガキの頃ってあんまり覚えてないけど、なんか懐かしい味がする」

「そうだな、残りは母さんたちにも食べさせないといけないな」

「ん、そうだな」

 2人はそう言いながら見つめ合うと微笑む。

 兎にも角にも、お腹が空いて背に腹もかえられなかった兄弟はこうして、お腹を満たし、この後には心も体も満たしたのでありました。



 1月のお話、おしまい。








2008.1.31up

文責 by 鷹遠












ACT 2






 ―――――某年2月。

 今年もチョコレート会社の思惑に踊らされる、あの日がやってきた。

 俺はもう、かれこれ一週間ほどソワソワしてて、アニキの顔を見たら見たで何か用意しなきゃと考えて、結局何も浮かばなくて、当日の夜

になってコンビニで買ったチョコレートを握り締める。

 これを渡そうと帰宅したのが、現在23時30分。

 こんな日に限ってアニキは大学で足止めと来たらしく、俺はあわててFDのキーを握り締め、大学の駐車場にたどり着いたのが午後23時50分。

 もう2月14日もあと10分で終わりだっていうのに、アニキは研究室とやらから出てくる気配なし。

 皓々と光る研究室の蛍光灯の色がやたらと白々しくって、仕方ないことなのにイライラしてくる。

「こんなんだったら、もっと早くに用意して渡しておくんだった」

 それというのもアレだ。

 何時だったか、何処からともなく聞こえた女子高生の会話・・・。

“本命には14日までにチョコ渡さないとダメなんだってー!”

“えぇ〜?! 何でよぉ〜?!”

“想いが届かないとか、フラれちゃうんだって! やっぱ本命には14日までに渡しておかないとねぇ〜”

 ぶっちゃけ柄にもなく、そういうのを本気にしている自分がいる・・・。

 時計の針が1秒を刻むごとに、焦りだけが募っていく。

“想いが届かないとか、フラれちゃうんだって!!”

 ・・・・・・。

 脳裏でエコーを繰り返す女子高生の声に、そんな事ない、俺たち兄弟の絆は・・・じゃない、俺とアニキは恋人同士だから、俺たち恋人同士の

絆は、それぐらいで切れたりしないって何度も思うんだけど。

 でも、何でだろう、やっぱりあの甲高い女子高生の声が脳裏に響いてきてさ、携帯の時計に目をやる。

 後5分。

 今からメールして、ちょっとだけアニキを呼び出そうか。

 覚悟を決めるべく携帯のメールを立ち上げて、『今、下の駐車場、FCの隣にいるんだけど、ちょっとだけでいいから、すぐに出て来られな

いかな?』と手早く打ち込むも、送信ボタンを押せず。

 つーか今、物凄く忙しいときかもしれないし・・・。

 迷いながら、研究室の窓を見上げる。

 あ! もしかしたら、2〜3度アクセル噴かしたら、俺がいるのに気付いてくれるかな?!

 ダメだよダメ。

 ここは学生駐車場だけど、一応病院だしな・・・。

 そうだぜ全く、なんかあったらアニキが怒られちゃうじゃんか・・・。

 ああでも、今何時だろう。

 メールを閉じて、時間を見る。

 2月14日午後23時57分。

 今日もあと3分で終わっちまう!

 マジでどうしよう!!

 俺、アニキにふられっちまう!!!

 絶対、絶対、ダメじゃんか!!!!

 あー・・・なんか涙出てきたぜ、おい。

 シャツの袖口で涙を拭い、もうどうにもならないと諦め心地で、車中に放り出してあるパーカーから煙草を取り出す事にした。

 煙草を吸って、どうにかなるもんじゃないけど・・・マジ、落ち着かないと。

 大丈夫だって、絶対に。

 多分だけど、いや絶対多分だ。

 そうだよ、何でこの俺があんな軽そうな女子高生の言った、あの程度の迷信なんかさ、軽く流して信じなきゃいいだけじゃん。

 ・・・・・・でも。

 煙草を取り出して、火を点けようとジッポを取り出した時だった。

 慣れた手業で火をつけると、最初の一口を吸う前に甘い香りがどこかからふわりと漂ってくる。

「ん・・・? 何だこれ? アニキの煙草か??」

 いや、アニキの煙草はメンソール系だから・・・こんな香りしないよな?

 甘い香りに気をとられて、煙草を吸うのを忘れていた俺は、その甘い香りが甘苦い香りに変わったことに気付いた。

「何だよ、この煙草・・・おかしいんじゃ・・・って、これもしかして」

 ジッポの蓋を閉め、パーカーのポケットの中にある煙草ケースを探す。

 ケースはいつも俺が吸っている、ラッキーだ。

 ・・・・・・。

 俺の手に持っている、吸いかけの煙草を見た。

 ・・・・・・。

「これ、白い包装紙が巻いてあるけど・・・もしかして、チョコ・・・・・?」

 まじまじと煙草もどきを観察すると、葉っぱの部分が異常にこげ茶で・・・。

「何でだよ? どうなってんの??」

 俺は今までの焦りをすっかり忘れて、首を傾げる。

 携帯の着信音が聞こえる、多分メールだ。

 履歴を確認すると、アニキからだった。

「何だよ? ここにいるのに気付いたのか?!」

 メッセージを開いてみた。


 Dear Keisuke.

 I want to give a tight hug/kiss.

           From Ryousuke.


「あぁ〜? 何、これ何? ・・・なんていう意味?」

 俺頭悪いんだから英語なんかで送るな!!

 今までのことはすっかり忘れて、即行メールを返信して腕を組んだ。

 何だ、何だ、何なんだーーーっ!!

 こんなのアリかよっ?!

 つか、もしかしてこの煙草チョコ、アニキがやったのか?!

 なんつーか、ガキくさいっつーか、思いっきり気障ってーか、どうなんだよ、アニキ!!!

 アンタIQ高いんだから、もっとどうせならドラマティックな仕掛けとか出来ないわけかっ?!

 キッと研究室の窓を睨んで涙を堪えた瞬間、この年の2月14日が終わった・・・。

 で、俺が用意したチョコは、結局どうしたらいいんだよ?!

 イライラ絶頂クライマックス状態の時にアニキからの返信アリ。

“お前を強く抱きしめたい、そしてキスしたい、だ。それからこれは追伸だが、チョコレートの煙草に火をつけないように。吸いすぎ注意だ

(笑)”
 
 だとさ!

 全く、うちのアニキときたら、腹の立つ!!

 俺のマジ涙を返せってーんだよ、くそ!!!

 ふざけんなよ!!

 悔しすぎるぜ!!!

 コンチキショウ!!!!

 ・・・・・でも、そんなアニキでも、俺は好きなんだよな・・・・・・。

 兎に角、アニキからチョコレートをもらうことで、2月14日にチョコをもらう(本当はあげたかったのに・・・悔)間に合ったわけでさ・・・。

 なんか悔しいけど、なんかやたら気障なアニキだけど、やっぱり大好きだぜ。

 だから素直にメールで返信してやったよ。

 アニキのこと、愛してる。

 俺も抱きしめたい、キスしたい。

 ってさ。

 で、後日。

 アニキからもらった煙草チョコレートを悔しさに感けて食ってみたけど、案外美味しかった。

 まあ先っぽの方だけは焦げてて、苦かったけどな。

 こうして某年2月の、俺とアニキのヴァレンタイン騒動は終わったのである。

 そして来年こそ、驚きびっくり!? のチョコレートを、俺からアニキに渡すぜ。

 覚悟しておいてくれよな、アニキ(笑)。







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2008.1.31up

文責 by 鷹遠


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